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雑記

こどもフイルムの活動について①

バームクーヘンは秋の味覚だと思ってます さくらです!
先日の土曜日、ありがたいことに「こどもフイルム」の活動について学生さんからお問い合わせを受けました。映画制作と地域創生についてをテーマに卒業論文を執筆中とのことで、楽映舎でインタビュー取材を受けました。(勿論さくらがではありません。代表取締役の前田が直々に対応致しました。)
そこで本日はこどもフイルムの活動について、その設立背景とともにご紹介したいと思います。


インタビューを受ける前田(写真右)

@楽映舎5F

はじまり

ことの始まりは2008年、福島県で開催された生涯学習フェスティバル(まなびピア福島)で上映する映画を楽映舎が制作しました。その名も「春色のスープ」。高校生のピリピリとした感情を持て余す少女が盲学校の少年と出会い、成長していく青春ラブストーリーです。

この映画をきっかけに、福島に映像文化を根付かせようという目的から2009年に「福島こどものみらい映画祭実行委員会」という団体が発足されました。そして、映像文化を根付かせるためには、観るだけではなく、実際にそこで制作し発信していく必要があると考え、高校生以上を対象とした3日間の映画制作ワークショップ「映画塾」が開催されるようになりました。楽映舎は映画制作のプロフェッショナルとして、これらの活動に精力的に関わっていくこととなりました。

震災

2011年3月11日、東日本大震災が起こります。
福島県は地震による倒壊、火災、津波による水害のみならず、原子力発電施設の損壊に伴う放射能の危険にさらされました。「福島こどものみらい映画祭実行委員会」でもその年の「映画塾」の開催を見合わせようかと話に出たそうです。しかし、「こどものみらい」をうたう以上、こどものみらいが、大人たちによってこれ以上奪われるようなことがあってはならないという思いから、「映画塾」は高校生・大学生を対象としたワークショップへと変わり開催されました。
さらに、翌年2012年には小学生を対象とした映画制作ワークショップ「こども映画学校」が福島県内の小学校で開催されました。そこでは、震災の爪痕を心に色濃く残す子供達が、活動の中で変化を見せました。海に近づけなかった子供が海で撮影をし、人前でうまく話せない子が立派に演技をし、みんなの前でそれを発表しました。映画には大きな力があったのです。楽映舎はそれを確信しました。
弊舎代表取締役 前田茂司は、震災の時、「福島こどものみらい映画祭実行委員会」の方に「必要な支援物資をなんでも言ってください」と申し出ました。すると、その方はこう答えました。「支援物資は十分です。ただ、長く続けてください」。
こうして、楽映舎と福島の間には深く、そして長い絆が生まれることになったのです。

「映画塾」「こども映画学校」はともに2021 年現在まで毎年開催され、制作された作品はその年の「福島こどものみらい映画祭」で上映されてきました。作品数はのべ60本にもなります。
そしてこの震災を機に、「福島こどものみらい映画祭」の目的も変わっていきます。震災によって失われた地域コミュニティの創世、こども達の負った傷のあらたな経験による上書き、こども達を含め街の人々、風景、風土の記録、映画制作活動によるキャリア教育。震災によって奪われた多くのものを埋め、さらにそこで新たな人材を育成するための活動。それが「福島こどものみらい映画祭」の新たな目的です。

2017年、「福島こどものみらい映画祭」は活動の運営を楽映舎に置き、「NPO法人こどもフイルム」が設立されました。

長くなりましたが、これが「こどもフイルム」の設立の経緯です。

活動に関する詳細は「こどもフイルム」ページにて参照いただけますので、ぜひご覧ください!